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名古屋高等裁判所 昭和58年(ネ)667号 判決 1985年9月26日

控訴人

株式会社ジャックス

右代表者

河村友三

右訴訟代理人

滝村昇三

右訴訟代理人

二村満

被控訴人

中村浩行

右訴訟代理人

小島高志

岩月浩二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金三七万九、六八二円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払済に至るまで日歩八銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、つぎのとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表六行目の「訴外会社」のつぎに「若くは販売会社」を、同一〇行目の「原告」のつぎに「(以下、信販会社ともいう。)」を加える。

2  原判決五枚目表一行目の後に行を改めてつぎのとおり加える。「4 被控訴人と訴外会社との間で締結した本件売買契約にはつぎの約定がある。すなわち、商品の代金が割賦で支払われる場合は、右売買は、信販会社を交えた三者による契約とし、商品の所有権については販売会社から消費者にではなく、信販会社へ自動的に移り、当該商品について信販会社の支配力が及ぶとともに、消費者には一定の義務が課せられており、信販会社の取得する権利は、単純に代金を立替払した立替者のそれにとどまらない。更に売買が解除された場合には、商品所有権及び未払立替金債権が信販会社から販売会社へ移転するほか、商品の瑕疵についても、それが重大であり、かつ、一定の場合には、消費者は信販会社に対して代金の支払を拒むことができる旨の定めがある。

このように、本件売買契約と立替払契約とは、経済上はもちろん、法律的にも不可分であつて一の契約である。すなわち、この契約は控訴人、被控訴人及び訴外会社の三者間で締結される一種の無名契約であつて、被控訴人と訴外会社との間に生じた事由、契約の成否、錯誤等は、当然に、控訴人と被控訴人の間の法律関係に直接影響を与えるものである。

そうすると、売買に関する契約部分が不成立であれば、立替払に関する契約部分は当然に不成立であり、その他売買の部分に瑕疵が存在して当該部分が無効になるものであれば、立替払の部分も、また、当然に無効といわなければならない。」

3  原判決五枚目表三行目「否認する。」の後に、改行してつぎのとおり加える。

「本件は動機の錯誤にすぎない。

五、再抗弁

1  被控訴人には、本件売買契約及び本件立替払契約の締結について以下のとおり重大な過失がある。

本件各契約当時満二〇歳である被控訴人には、右各契約を認識し理解する能力は充分備わつていた。本件売買契約書には、「クレジット契約書」と明記されているうえ、カセット類の商品名が記入されており、商品が割賦で支払われる場合の条項が記載されているから、被控訴人はこれらの意味が理解できた筈である。

2  本件売買契約の当事者である訴外会社と被控訴人間に生じた事由は、第三者である控訴人には主張しえない。

クレジット契約は、あくまで、顧客と販売会社との間で成立した売買契約につき、その後、信販会社が顧客に代つて販売会社に代金を支払うというシステムである。したがつて信販会社は、右売買契約については第三者的立場にあつて、顧客と販売会社との具体的な契約内容については、信販会社は知りえないところである。さればこそ、本件立替払契約においては、顧客は、商品の瑕疵等については販売会社との間で処理し、信販会社に対しては支払を拒否しない旨の抗弁切断条項が存するのである。

六、再抗弁に対する認否

すべてを否認する。

七、再々抗弁

控訴人と訴外会社との間に締結されたいわゆるショッピングクレジット契約によれば、控訴人が訴外会社に対し、訴外会社販売商品の代金を継続的に立替払をするものであること、顧客の分割払の回数及び分割払金の最低額等分割金の支払方法が予め控訴人と訴外会社との間で決められていること、契約書等の用紙は控訴人が指定したものを使用すること、クレジット契約締結の手続は訴外会社が控訴人に代つて行うものであること、及び控訴人が顧客との間で公正証書の作成を必要とする場合は、訴外会社が控訴人に代り顧客から公正証書作成に必要な書類を徴求するものであること、その他控訴人と訴外会社との相互協力の義務が定められている。

このように、控訴人は、訴外会社に対し継続的に資金を供給し、売買契約の内容につき決定権を有しており、訴外会社は控訴人の手続代行機関であること等により、控訴人と訴外会社は、継続的な提携関係を結び、相互に多大な利益を得ているものである。すなわち、訴外会社は、残金に対する立替払制度の存在によつて商品代金を即時に回収でき、他方、控訴人は、自身としては何もせず、訴外会社を手足として使つて多数の顧客を得、多額の手数料収入を取得することができる。このような共同利益のため、控訴人と訴外会社は、一体となつて顧客への売り込みを図つているものといえるのである。

このような控訴人が、被控訴人との関係で、控訴人と訴外会社との別個独立性を強調し、本件売買契約部分に存する瑕疵が、本件立替払契約部分に影響がないとすることは、取引上の信義則に反し、到底許されるものではない。

八、再々抗弁に対する認否

否認する。」

4 当審における証拠関係は、当審記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一請求原因に対する当裁判所の認定判断は、原判決理由説示(原判決五枚目表九行目から六枚目表七行目まで。但し原判決五枚目表一一行目の「証人」を「原審及び当審証人」と訂正し、同枚目裏二行目の「第四号証」の次に「(但し、被控訴人の署名栂印部分の成立は当事者間に争いがない)」を加え、同四行目の「題する書籍等」を「題する書籍一五巻、プロイングリッシュラーニングシステム一セット(二一巻カセット七〇本)、プロイングリッシュスタディガイド一巻等の英語教材一式」とそれぞれ訂正する。)と同一であるから、ここにこれを引用する。

二そこで、本件売買契約を締結するについて、被控訴人に錯誤があつたかどうか判断する。

1  <証拠>によると、つぎの事実が認められ、これに反する<証拠>は、にわかに措信し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人(昭和三六年七月一五日生)は、高校卒業後、父の営むタイル店で父の手伝いをしているタイル職人である。

(二)  訴外会社は、名古屋市中村区名駅南二丁目住友生命ビル二二階に本店を有する英語教材等の販売会社であり、信販会社である控訴人との間に、控訴人は訴外会社の顧客に対し分割払の信用を供与することを目的とするいわゆるショッピング・クレジット契約を締結していたものである。

佐藤清子(昭和三四年五月一六日生)は、昭和五六年九月ころ、新聞広告で訴外会社の社員に応募して採用され、主として学校の名簿等により客を拾い、電話で英語教材一式の販売の勧誘と、来社した顧客と面談して契約締結への事務一切を担当していたものであるが、右電話による勧誘については、訴外会社において作成した会話・質問事項書に基づいてこれをなしていたものであり、右の定型化された質問事項の中には、「海外に興味があるか」とか、「海外旅行の旅費が安くなり、あるいは種々の特典がある」とかいつた海外旅行のサービスを示唆する言葉が入つていた。

(三)  被控訴人は、昭和五六年九月一三日佐藤清子から電話で「海外旅行に安く行けるから、一度話を聞いてみないか。」との勧誘を受け、同月二〇日、その指示により、訴外会社に赴き、同所において同日午前一〇時半ころ、佐藤清子と面談した。同女は、先づ、海外旅行の話しから始め、被控訴人は「海外旅行に一度は行つてみたい」旨答え、両者間に海外旅行をめぐつて雑談が交された。そして佐藤は被控訴人に対し、旅行に安く行ける海外旅行会員に加入するよう勧誘し、会員になると、主として海外でレンタカーを安く借りることができるとか、ホテル宿泊料も安く、ハワイには通常の場合の半額で旅行できる等と説明し、その際、右会員になると、英会話のカセットテープが一か月に二、三回付いてくる旨付加説明した。被控訴人の関心は、当初から、専ら海外旅行に向けられていたのであるが、佐藤は、会費は総額金三七万七、五〇〇円である旨説明したので、被控訴人は、「それだけを出すならば、会員になるよりも、普通にハワイへ行つた方が安いのではないか」と反論したところ、佐藤は、何回も行けば安くなる旨の説明をした。そして、結局、被控訴人は右の会員になることを申入れ、その月収が約金一二万円であることを聞いた佐藤は、会費として金三七万七、五〇〇円について頭金を金七、五〇〇円とし、月額金一万三、五〇〇円の割賦払をすることに決めた。

(四)  ところで、同日、佐藤が作成した契約関係書類は、控訴人宛の訴外会社及び被控訴人名義のクレジット契約書(甲第四号証・被控訴人が訴外会社より前記英語教材等を代金三七万五、〇〇〇円で買受け、控訴人より与信を受け、右手数料をも加えた金四八万六、一八〇円を同年一〇月より同五九年九月まで割賦で支払う旨の契約)、顧客用の、売主を訴外会社とし控訴人をローン提携者とする訴外会社及び被控訴人名義のローン提携販売申込書(乙第二号証)、インターナショナル・リソーセス株式会社に対する訴外会社及び被控訴人名義のアクチュアル・リビング・イングリッシュ会員申込書(乙第一号証・同会員になつた場合の国内、国外における各種特典を定めており、その中に国内におけるレンタカーサービス、ホテル等の割引サービス、格安な海外旅行等がある)等である。そして、右甲第四号証、乙第二号証の販売物件欄には、前記「新女性百科」及びカセット等が表示されているところ、「新女性百科一五巻」を除くカセット類の表示は、仔細に検討しないと見落すような六ポイント位の活字で小さく印刷されているものであるうえ、「新女性百科一五巻」(これは、英語教材と関係のない書籍である)の記載は、佐藤において、被控訴人に無断でしたものであつた。なお、前同日、佐藤から被控訴人に手渡された書類は、右の顧客用のローン提携販売申込書(乙第二号証)、右会員申込書(乙第一号証)と、右会員加入の申込金七五、〇〇円についての訴外会社名義の受領書(乙第三号証)であつた。

2 以上の認定事実によれば、昭和五六年九月一三日訴外会社からの被控訴人に対する申込の誘引は、海外旅行に関するものであつて、英語教材や書籍の販売が目的であることについては、被控訴人は、全く察知することができないまま、同月二〇日訴外会社に赴き、佐藤清子の説明を聞いたが、同女の話題は主として海外旅行が中心であり、被控訴人が関心を示したのも、専ら、海外旅行に関する事項であつて、このことが表示されて、契約の交渉がなされ、被控訴人が契約に応じたのも、海外旅行等に安く行ける会員となることを目的としたものであり、佐藤清子も、被控訴人がそのような気持でいることを承知のうえ、むしろこれを利用して契約を成立させるに至つたものと推認することができる。しかして、実際に締結された本件売買契約は、前記カセット一セット(二一巻カセット七〇本)、スタディガイド一巻等の英語教材一式及び女性百科一五巻の販売契約である。そして、右教材等は、数量的にみても相当尨大なものであり、前記の三七万七、五〇〇円という金額は、右教材等の代金に、ほぼ、見合う額であり、したがつて、被控訴人が目的とした海外旅行会に加入することによる利益は生じないものと考えられ、しかも、「女性百科」なる書籍は、二〇歳の独身のタイル職人である被控訴人には、殆んど無用の書籍であると認められる。

右に認定、説示したように、佐藤清子は本件売買契約を結ぶについて、被控訴人の表示された動機(安く海外旅行をすることができる)に錯誤のあることを認識していたというべく、かつ、被控訴人が、本件売買が右のように書籍、カセット等の英語教材の販売を主眼とするものであつて、海外旅行は副次的なものにすぎないことを事前に了知していれば、右契約を締結しなかつたであろうことは容易に推認できるところである。とすれば、本件売買契約は、被控訴人の意思表示の重要部分に錯誤があるといわざるを得ない。

3  もつとも、<証拠>によると、前記面談の折、佐藤清子は被控訴人に対し、海外旅行の話しのほかに、カセット等の英語教材についての写真付カタログを示し、右教材を買うと海外旅行に安く行けることを説明したことが認められるが、<証拠>によれば、その説明は、海外旅行に関する契約であると思いこんでいる被控訴人の錯覚を解きただす程明確にはなされておらず、後日、控訴会社担当者からの電話による意思確認の際にも、控訴人が「旅行の会員ではないのか」と問い返したのに対し、同担当者は「ええ、そうですよ」と答えたことが認められるのである。しかも、本件につき作成された契約書、申込書等には、販売物件である右の英語教材等の表示は、普通では判読し難いほど小さい不動文字で記入され、また、前同日、被控訴人が支払つた頭金七、五〇〇円についても、佐藤は乙第一号証の会員加入の申込金として受領書を発行していることは前認定のとおりである。更に、佐藤は、被控訴人に錯誤のあることを認識しながら本件契約を締結させたことは前説示のとおりである。このような点を併せ考えると、右錯誤について被控訴人に過失があるとしても、それは重大なものではないと認めるのが相当である。

以上によると、本件売買契約は、被控訴人の錯誤により無効であるといわなければならない。

三ところで、被控訴人は、本件売買契約と本件立替払契約は、訴外会社と控訴人、被控訴人の三者の間でなされた一体の無名契約であるから、被控訴人と訴外会社との間で生じた事由は、控訴人と被控訴人との間にも直接影響すると主張する。

<証拠>によると、本件売買契約においては、商品の代金が割賦で支払われる場合は、被控訴人と訴外会社に信販会社の控訴人を加えた三者による契約とし、代金支払の方法は、信販会社である控訴人が顧客である被控訴人のために、これを訴外会社に対して立替えて支払い、被控訴人は控訴人に対し、右立替金について割賦弁済の方法で支払うシステムであつて、その割賦金の支払の担保のため、商品の所有権が販売会社より信販会社へ移転し、代金完済まで所有権は留保され、本件売買契約が解除された場合には、商品所有権等は販売会社へ復帰し、また、商品の瑕疵についても、それが重大であり、かつ、一定の場合には、顧客は信販会社に対して支払いを拒むことができることが認められ、これら事実によると、本件売買契約と本件立替払契約とは密接な関係にあることは否めないところといわねばならない。しかし<証拠>によると、本件売買契約は、あくまで販売会社である訴外会社と顧客の被控訴人との間で締結されたものであり、本件立替払契約は、訴外会社と法人格を異にする信販会社である控訴人と被控訴人との間で締結されたことが明らかであるから、これをもつて、被控訴人主張のような無名契約とは目し難く、別個の契約であると認めるのが相当である。

したがつて、本件売買契約の錯誤による無効が直ちに本件立替払契約の無効を招来するとは解し難い。

四次に控訴人は、控訴人と被控訴人間の契約は、控訴人と訴外会社間の契約とは別個独立の契約であつて、被控訴人と訴外会社間の事由は、控訴人に対して対抗できないと主張し、被控訴人は控訴人の右の主張は取引上の信義則に反して許されないものであると主張する。

前に認定したように控訴人と被控訴人間の本件立替払契約は、被控訴人と訴外会社間の契約書は別個の契約であると認められ、また本件立替払契約にはいわゆる抗弁切断条項(乙第二号証第一三項)があることが認められる。

しかし、<証拠>によれば、前認定のように控訴人と訴外会社との間には、控訴人が訴外会社に対し、その販売する商品の代金を顧客に代つて継続的に立替払をする趣旨のいわゆるショッピングクレジット契約が存在しているが、右約定によると、訴外会社は控訴人が与信を認める顧客に対して商品を提供することとなつていること、商品代金の立替金についての分割払の回数及び分割金の最低額等分割金の支払方法は、予め控訴人と訴外会社との間で決められ顧客には交渉決定権はないこと、顧客と控訴人との間の立替払契約の締結については訴外会社が控訴人を代行し、また、訴外会社が顧客に対し商品を提供するときは、控訴人指定の契約書用紙及びその他関係書式を使用すること、その他、ショッピングクレジット契約の円滑な運営をはかるため、訴外会社と控訴人は、相互に協力する義務を定めていること、これに基づいて本件売買契約(甲第四号証)及び立替払契約(乙第二号証)は、いずれも、実際は、訴外会社と被控訴人との間で、訴外会社の用意した所定の用紙により前記認定の内容の両契約を締結したことが認められる。以上によると、控訴人と訴外会社は経済的には密接な連繁関係にあるし、本件立替払契約は、本件売買契約と法律上別個であるとはいえ、右売買契約における顧客の資金を調達する手段的機能を有し、訴外会社は本件商品を販売するとともに、本件立替払契約締結についての一切の手続を代行するという密接不離の関係にあるのである。してみると、本件において本件売買契約が無効となり、顧客である被控訴人にとつて、所期の目的を達成することができず、右契約は無意味となつたにも拘らず、本件立替払契約に基づく割賦金の支払のみを存続させること、すなわち前認定の事実関係の下においては、控訴人が、訴外会社と控訴人との別個独立性を主張し、本件立替払契約に存する抗弁切断条項を理由に、被控訴人が訴外会社に主張できる本件売買契約の錯誤による無効を、信販会社の控訴人に主張できないとすることは、顧客である被控訴人にとつて極めて酷であるといわざるを得ず、取引上の信義則に反するものといわねばならない。

したがつて、被控訴人は、本件売買契約が要素の錯誤により無効であることを以て控訴人に対抗することができるものと認むべきである。

五以上のとおり、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可知鴻平 裁判官高橋爽一郎 裁判官宗 啓朗)

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